のりりんの京都日和

京都府在住ののりりんの徒然ブログ

福田村事件(天邪鬼の誓い)

各方面で絶賛されている映画「福田村事件」をみに行ってきました。

京都ではどこで上映されてるのかな?
ウチの近所のイ〇ンシネマなんかでは当然上映してるはずもなく。
調べると四条烏丸cocon烏丸内「京都シネマ」と近鉄東寺駅前の「京都みなみ会館」とのこと。
そういえばみなみ会館が今月いっぱいで閉館になるとWebニュースにありました。
今まで行ったこともない映画館ですが、これは閉館までに行っておこう。
お休みのきょうですが、午前中は母の通院サポートなので午後…と思ったら、午前と夕方の2度しか上映がないんですね(^^;)
しょうがない、終わったら21時くらいになっちゃいますが、あすは日勤で早起きですが、夕方の部にするとしますか。

というわけで、夕方から映画鑑賞…の前に、まずはハラごしらえ。
みなみ会館のすぐ近所の「ラーメンあじくん」で「らーめん(並)・チャーシュー増し第一旭に似た濃い目の鶏ガラ醤油味は大好物♪九条ネギにもやしという基本トッピングに、麺をすすってすすって、やわらかいチャーシュー、チャーシュー…って、チャーシュー多すぎ\(^▽^)/ウマウマ~☆

ラーメン(並)チャーシュー増し@ラーメンあじくん

さて、映画の上映は18時20分から、事前にネットで予約していました。
映画の内容は、関東大震災100周年にあたり、震災の傍らで起きた千葉県東葛飾の福田村(現・野田市)で起きた実際の事件をもとに製作されたものです。
不勉強なことに、この事件のことを何も知りませんでした。
「福田村事件」とは、要約すると、震災後のデマ・流言飛語が元で発生した朝鮮人虐殺から、村の外から来ていた行商人一行が朝鮮人と間違われて村人に惨殺された事件です。
関東大震災から100年の節目であること、Twitter改め「X」を中心に絶賛の声が多いこと、そしてみなみ会館の閉館を惜しんでみにいこうと思い立ちました。

鑑賞後の感想を言わせてもらうと、怒りと悲しみ、そして吐き気がするほどの胸糞の悪さ。
クライマックスではいろんな感情が噴き出してきて涙がにじみました。
これほどまでの胸糞の悪さはどこから来るんだろう?
関東大震災から100年、大正時代。
そんなむかしの話ではあるけど、もしあす同様の事件が発生したとしても全然不思議ではない。
現代日本で繰り返される人権侵害と、それに加担する政治家、いわゆる知識人、マスコミ。
そういった行為を諫め、間違いを指摘する人物への攻撃、誹謗中傷。
入管による外国人虐待死(スリランカ国籍の女性ウィシュマさん死亡事件)、昨今のクルド人に対する差別感情をあおるような敵対的・攻撃的な言説は今の日本で現在進行形で起こっている問題です。
それだけではありません。
ヘイトスピーチをはじめ、生活保護受給者への中傷、性的被害者へのいわゆるセカンドレイプ
昨今の「老人は死ね」キャンペーンもそれと同じニオイを感じます。
100年前と何が違うのか?どれだけ進歩しているのか?と。
そしてそれらを政府が後押ししている、もしくは政府が率先して虚偽情報を流してる可能性がある。
100年前の事件ではあるけど、今の日本でも虐殺とはいかないまでも、社会的弱者に対する虐待は確実に行われています。
自称「正義の味方」としてはそうしたニュースに毎日のように接していると義憤で気が狂いそうになります。
もうひとつの自称「歴史をこよなく愛し学ぶ者」として、日頃から多くの人が正しいと言うものは本当に正しいのか、あるいは多くの人が(歴史上)善人と呼ぶ人物は本当に善人なのかを常に疑うべきと考える天邪鬼として、「お上のお達しは常に正しい」なんてのはハナから疑ってかかるべきものですが、報道も「X」をはじめとするWebニュースも「政府のお達し」とそれに賛意を述べるあやしいコメントであふれています。
Web上のコメントが「あやしい」というのは現在裁判で係争中のいわゆる「Dappi事件」のように、政府の関係者や政府や与党自民党等にやとわれた者がWeb上のニュースや「X」に一般人を装って政府の都合にいい情報を発信していると思われるものがけっこうな頻度で見られるということ。
政府に都合のいいコメントという点では、福島第一原発のいわゆる「処理水」についてもそうした政府の行動を肯定するコメントであふれているし、危険を警告する人(野党やジャーナリスト)への偽情報に基づく否定だけならまだしも攻撃、誹謗中傷が現在進行形で起こっています。
映画の中でも「朝鮮人が井戸に毒を放り込んだり暴動を起こしている」という「デマ」が警官・憲兵=国・政府から意図的に流されたものであったということを強く示唆するシーンがありました。
関東大震災当時、実際のところはどうだったのかは今後ボク自身学んでいかないといけないことだと思いますが、そうした不正確、恣意的な情報なのにそれを鵜吞みして、特定の人物や団体・人種に敵意を抱き攻撃し、虐待・虐殺に至るということが、決して遠い過去のことではなく、我々のすぐとなり、いや目の前で起こっているということです。
いま政府がマスコミとともにことあるごとに中国を敵視する言説を流布しているようですが、みなさんはそれをどう感じてますか?

でも、胸糞の悪さはそれだけに留まりません。
もし自分の目の前でそういう事件が起きたら?起きそうになっていたら?
自分は天邪鬼として振舞えるだろうか?
ボクは常日頃から「憲法改正自衛隊憲法明記は徴兵制を合法化する」とした上で、「自分は牢屋に入れられることになっても徴兵を拒否する、戦争にはいかない」と言っていますがそれも含めて、本当に牢屋に入れられたり拷問を受けたりしたら、あっさり右に倣えの言説に転向してしまうんじゃないかと、その恐怖を感じ、おびえる気持ちが心の片隅にあります。
ちなみに現在与党が出している憲法草案に基づいて改憲が現実のものとなったら拷問も合法化されます。
父母や兄などの家族を人質に取られたら?人質とは言わないまでも彼らに言説を曲げるよう強く説得されたら?
牢屋に入ることで職を失うことになったら?
映画の中でも「村八分になっちまうぞ!」というセリフが暗示するように、自らの行為や言論のせいで自分だけでなく他人を巻き込む可能性、そして社会的に孤立する可能性。
これ以上ない恐怖です。

100年を経てもなお同様の事件が起こるかもしれない。
その可能性は日増しに高まっている気がする。
そしてその時自分は被害者ならまだしも、加害者になるかもしれない。
加害者になることに抗えないかもしれない。
その恐怖が言いようのない気持ち悪さを感じた理由のような気がします。

厳然とした歴史的事実に対して政府の官房長官が記者会見で「政府に記録がない」などと公然とウソをつく世の中です。
新聞テレビ、Webニュースもそんな政府を後押しするような記事ばかりです。
日々漫然とそれらの情報に接していたら、知らず知らずのうちにカンタンにだまされてしまう世の中です。
世間に流されて正義感を失ってしまう恐怖心におびえつつも、「王様はハダカだ」といついかなる時でもいえる天邪鬼でありたい。
それは強い決意がなければ成し得ないことですが、天邪鬼の矜持を失ってはならないと心の中で強く思います。

最後に、この映画を制作し世に出されたスタッフ・キャストの皆さんに心から敬意を表します。
素晴らしい映画でした。
50を過ぎた身ですが、今後の生涯において忘れることのない作品のひとつになるでしょう。
映画とともに「福田村事件」というものがあったことはすべての日本人が知って、決して忘れてはいけないと思いました。
そして今のこのご時世、公開に腰が引けそうにも思われるこの映画を上映して下さった京都みなみ会館にも感謝。
いまさらながら閉館が惜しまれます。
少しでも多くの人にこの映画をみてもらいたい。
そう思うのでした。

京都みなみ会館

京都みなみ会館