のりりんの京都日和

京都府在住ののりりんの徒然ブログ

令和という時代を生きる人へ

先日発表された新元号令和」。
第一印象としては可もなく不可もなく。
あえていうと、どうしても「令」と「冷」あるいは「零」が重なって冷たい暗いイメージを感じました。

しかし、いろいろ調べていくと、深い趣のある意味が込められていることがわかってきました。
当初「万葉集」からの出典ときいて、歌から取ったのかと思ったらそうではなく、歌の前書きの部分とのこと。
ひらがなのない時代、歌そのものは万葉仮名ですが、前書きなら漢文で書かれています。
古事記」「日本書紀」「風土記」も全部漢文です。
だとしたら当然何らかの著名な漢籍の影響を受けているのではないかな、と思ったら予想通り、中国・南北朝時代の「文選」に酷似した文章があるとのこと。
史上初めて日本の書物である万葉集からとった元号というふれこみですが、実は漢籍の「文選」の孫引きだったということがわかりました。
これだけで率直に言って痛快な気分になりました。

さらに今回、下記の文章を読んで、一気に「令和」という元号が好きになりました。

元号「令和」に込められた本当の意味をガチ解説した東大教授の文章がすごい
https://galapgs.com/economics/politics/domestic/meaning-of-reiwa/

少しでも多くの人にこの品田悦一教授の文章を読んでいただきたい。
ごくごくかいつまんで言うと、「令和」には「権力者の横暴を許さない、忘れない」という意味が込められているというのです。

「令和」の元号を考えて採用まで持っていった人は天才としか言いようがない!
漢籍・古典に対する深い教養と博識、そして義侠心というか正義感というか、そういう現代社会に対する批判精神を持ち合わせていないとできないことです。
深く深く尊敬します。
そしてそのことをしっかり伝えて下さった品田教授にも尊敬の念を禁じえません。

しかし…
いったい誰が考えたのでしょう?
そして、それを実現することができたのはなぜでしょう?
個人的な憶測ですが、これには皇太子殿下…いや天皇陛下の意向がかかわっているような気がするのです。
でないと、漢籍ではなく日本の古典からの引用という条件をクリアしつつ、実は漢籍からの孫引きになり、しかもこれだけ痛烈な社会(政権)批判をこめた文言を元号にするという離れわざをやってのけるだけの動機がないような気がするのです。

ついでにいうと、個人的に「令和」は「れいわ」と読まずに「りょうわ」と読む方が好きです。
冒頭述べた冷たい感じが薄れるような気がして。

そんなのでたらめだ、でっちあげだという人もいるでしょう。
元号なんてどうでもいい、いらないという人もいるでしょう。
元号からどう意味をとるか、それは個々の考え方次第です。
ボク的には、元号天皇陛下の諡などがどういう書物から引用されたのかなどを知って、その書物に直接あたって知識を深めることができるのはいいことだと思っています。
昨今漢籍や古典の知識がないがしろにされているご時世なのでなおさらです。
なんせ天邪鬼なもんで♪