のりりんの京都日和

京都府在住ののりりんの徒然ブログ

よいこの徒然草・第十八段

人は、自らを慎ましやかにし、おごりの心を捨て去って、財宝を持たず、栄達を求めないことこそ一番大切です。古来より、賢者で裕福な人はごくまれにしかいません。
いにしえの中国に許由という人がいました。彼は何も持ち物がなかったので、水は手ですくって飲んでいました。それを見た人がひょうたんを持たせたところ、ある時、そのひょうたんを木の枝にかけておいたら風に吹かれて音を立てるので、「うるさい」といって捨ててしまい、また手ですくって水を飲んでいたそうです。きっとせいせいした気持ちだったことでしょう。また、孫晨という人は、寒い冬にも、布団がなかったので、一束のわらにくるまって寝て、朝が来るとそれを片づけたといいます。
中国の人は、こういう心持ちが大切だと考えたから書き記して後の世に伝えたのでしょうけど、わが国に住んでいる人がこういう話を語り伝えないのはいかがなものでしょうね。

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のりりんは中国史のほうが専門なので、少々詳しく補足。

「許由(きょゆう)」は、中国古代の三皇五帝時代の伝説の隠者で、『荘子』や司馬遷の『史記』にもその名が登場します。
伝説によりますと、許由の人格の廉潔さは名高く、堯帝がその噂を聞き彼に帝位を譲ろうと申し出るが、それを聞いた許由は箕山に隠れてしまいました。
さらに堯帝が高い位を許由に与えようとすると、許由は潁水という川のほとりにおもむき「汚らわしいことを聞いた」と、その流れで自分の耳をすすいだとのこと。
友人の巣父は、その許由の行動をみて川の水が穢れたといって牛にその水を飲ませるのをやめたといいます。
この逸話は日本の絵画の題材にも多く採用されています。

狩野永徳『許由巣父図』
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=13914

「孫晨(そんしん)」という人の本文の逸話は、後漢の趙起という人が編纂した『三輔决録』という長安の街の古事をまとめた書物に登場するそうです(三輔=長安のこと)。