のりりんの京都日和

京都府在住ののりりんの徒然ブログ

手のひらを返すように

もうすぐ9月11日。
同時多発テロ(?)から10年。
東日本大震災から半年になります。

震災とそれに伴う原発事故が起きてからこの半年の間、原発というものについていろいろ考えてきました。

結局電力は必要である。
であるならば、既存の原発は動かすしかない。
原発を廃止せよという者は、その代替案を提示せよ。

…というのがこれまでのボクの主張でしたが、手のひらを返すように、考えを変えることにしました。

原発は不要である。
電力が不足しようと、即刻停止するべきである。
節電して、それでも不足するなら電気のない生活でガマンすべきだ。

そう考えを改めたのは『福島原発の真実』(佐藤栄佐久平凡社新書)を読んだからです。
佐藤栄佐久氏は1988〜2006年の間福島県知事の座にいた人です。
この間「福島一地域のせいで国のエネルギー(原子力)計画が遅れる」などと揶揄されるほど徹底的に国と東電を相手にケンカし続けた人だったのを実は本を読んではじめて知りました。
まず痛感したのは、このことをはじめて知ったということは、それだけ原発立地自治体に対する理解、いや関心が自分にまるでなかったということです。
そして、日本のエネルギー政策というものに立地自治体がいかにないがしろにされ、虐げられてきたかもよくわかりました。

結論をいってしまえば、このまま原子力に依存していれば、いずれ遠からず第二・第三のフクシマが日本のどこかに発生してしまう。
その理由は、原子力そのものが危険だからではなく、それを取り扱っている人間が根本的に腐っているからだ、ということです。
「取り扱っている人間」というのは主に官僚とその意向にそった経営を続ける電力会社のことです。

かねてから日本という国の現在は明治以降の国家体制、すなわち官僚機構があらゆる面で破綻をきたして末期症状にあると考えていました。
敗戦によってGHQという外からの圧力で民主主義が進化したとかいわれますが、官僚機構は戦前も戦後も何のかわりもなく国の中枢に居座り続けています。
侵略戦争がどうのこうのとか、戦前を悪しざまに言う人というのはこの点を理解できない人だと思っています。

まず最初に大きな国家的目標がある。
それに沿ってうまくいっているときは問題ありませんが、その目標達成に反する事象が発生したとき、普通なら軌道修正したり目標自体の見直しを図ったりするはずが、明治以降の日本という国はそれができない。
問題を隠蔽し、記録を改ざんし、問題を表面上なかったことにして破滅へと突き進む。
その結果が敗戦であり、薬害であり、原発事故であり、そのどれもが当該問題を起こした者の責任はまともに追及されない一方で、われわれ国民に大きすぎる負担と犠牲を強いる。
この構造化、パターン化された悲劇を佐藤氏は「日本病」と表現しました。
目標に向かって努力する姿勢は一見美しくみえ、またその上での失敗に対しても同情の声が上がるかもしれませんが、そんなものはまやかしです。
およそ仕事というものは結果がすべてなのです。

原子力エネルギーを推進する。
そのための核燃料サイクルプルサーマルを推進する。
施設の停止と検査で目標への筋道を中断しなくていいように設備の不具合は隠蔽してデータを改ざんする。
通常の点検では決して発見・報告されない問題が内部告発によって明るみに出る、そして隠蔽できない規模の事故が起こる…
佐藤氏は知事就任直後の88年暮れ(発覚は89年の年始)からずっとこのような国のエネルギー政策に異を唱え続けた人でした。

佐藤氏の知事辞任の原因は現在も係争中の汚職問題ですが、これも大阪地検特捜部の証拠改ざん事件とほぼ同様であった可能性があります。
詳細は佐藤氏の著作『知事抹殺−つくられた福島県汚職事件』を参照していただきたいのですが、「国のエネルギー政策に反抗する知事を潰す」という目標のために国策によって罪をでっち上げられたと考えるべきです。
縦割りと揶揄される日本の官僚機構ですが、こういう時だけ奇妙な連携ができあがるものです。
思えば警察や検察の取調べにおいてもすべて「コイツが犯人」という大前提の下自白強要や証拠隠滅・改ざんという問題が発生しており、これもまた「日本病」の顕著な症例といえるでしょう。

福島原発の事故はこれまでの日本各地の原子力における隠蔽・改ざん問題をもとに起こるべくして起きたと言わざるを得ません。
そして、それら隠蔽・改ざんは除去されたといえるでしょうか?
日本原子力発電が開始されたのが1963年。
50年もの間積もりに積もった諸問題が福島の事故一発を契機にたった半年で解消されるなどとは到底思えません。
昨今のニュースではむしろ新たな問題が明るみに出るばかりです。
だからこそ、考えるべきなのです。
目標自体を改める必要があるのではないのか?

新しい経産大臣が福島を「死の国」といったといって物議をかもしています。
ボクには、これまで原発を率先して推進してきた経産省の官僚や東電首脳が大臣に脱・原発のリーダーシップを取らせないようにメディアを利用して揚げ足を取っているようにしかみえません。
東電はメディアの超有力スポンサーですし。

日本再生のためには、この「日本病」を治療する以外に手はありません。
福島の人々には失礼な話かもしれませんが、この原発事故を治療開始のきっかけにするべきです。
でないと我々日本国民は官僚機構と利権団体によって経済的に搾取され続けた上に命まで奪われることになるでしょう。